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東京地方裁判所 平成5年(ヲ)1085号 決定 1993年3月10日

主文

一  引渡命令の執行までの間、相手方の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管を命じる。

二  執行官は、その保管に係ることを公示するために適当な方法をとらなければならない。

理由

一  本件は、買受人のための保全処分として主文記載の命令を求める事件である。

二  記録によれば、次の事実が疎明される。

(1) 本件建物は、もと丁原夏夫(本件基本事件の債務者)の所有であつた。丁原夏夫は、平成元年一月三〇日、本件建物を戊田株式会社に、賃料月額六四万五〇〇〇円で賃貸した。同契約は平成三年二月一日更新され、賃貸期間は平成五年一月三一日までとされた。本件建物は、その後平成三年五月一五日付で乙野秋夫に所有権移転登記がなされた。平成三年一一月二日、本件建物につき差押がなされた。現況調査担当執行官が、平成四年一月、本件建物に臨場した際には、戊田株式会社の取締役が社宅として居住していた。

(2) 平成四年四月八日作成された物件明細書には、戊田株式会社の短期賃借権が売却により効力を失わない権利として記載されていた。同月二三日、売却実施命令が発せられたが、適法な入札がなかつた。平成四年七月三〇日、最低売却価額が変更され、同年八月一〇日、売却実施命令(期間入札、入札期間平成四年一〇月八日から同月一五日まで、開札期日同月二二日)が発せられた。

(3) 平成四年夏ころ、戊田株式会社の賃貸借契約は合意解約され、居住者は退去した。

(4) 平成四年九月ころ、相手方が本件建物に入居した。相手方は、本件建物に入居する際、本件建物の管理会社の担当者に、「自分が所有者になつたから宜しく。」と述べた。その後、本件建物には、相手方の関係者らしき一見して暴力団員風の者二、三人が出入りしている(なお、相手方は、平成五年三月四日現在、文京区湯島に住民登録をしており、本件建物の所在地に住民登録を変更していない。)

(5) 申立人は、物件明細書及び現況調査報告書を確認し、本件建物には短期賃借権が設定されているが、平成五年一月三一日には、同賃借権が終了するものと考えて、平成四年一〇月一五日、二億二七〇万円で入札した(なお、申立人以外に、入札価額七九四五万円の入札があつた)。申立人は入札する際、既に前記短期賃借権が合意解約され、本件建物を相手方が占有していることは知らなかつた。

(6) 平成四年一〇月二二日の開札期日において、申立人は最高価買受申出人となり、同月二九日の売却決定期日において、申立人に対し、売却許可決定がなされた。

(7) 申立人が最高価買受申出人となつた後である平成四年一〇月二七日、申立人の職員が本件建物に赴いたが、本件マンションの玄関にある、本件建物に該当する郵便受けには申立人の表示はなされていなかつた。

(8) 申立人が買受人となつた後である平成四年一二月に、申立人に、丙山エージェンシーの丁川と名乗る男から電話があつた。その男は、ヤクザ口調で「おたくが落とすチェリー戊原二〇一号(本件建物)を、落札価格の半値位で買うが、どうだ。」と話した。申立人の職員が、「当面は処分を一切しない。」と答えると、そのまま電話は切られた。

(9) 申立人は、平成五年一月一三日、保証金を除く売却代金の残金を納付した。申立人の職員が、平成五年一月一八日ころ、本件建物に赴いたところ、前記郵便受けに「丙川春夫」と相手方の名前が書いてある紙が貼つてあつた。そこで、申立人は、相手方について、調査し、相手方が平成四年夏ころ本件建物に入居したこと、本件建物に相手方の関係者らしき暴力団員風の男が出入りしていることなどを知つた。

(10) 本件建物の管理費は、現在、本件建物の前々所有者である丁原夏夫名義で振り込まれている。また、本件建物の前所有者である乙野秋夫は、丁原夏夫が代表者であつた丁原産業株式会社所有の中央区日本橋所在の八階建ての建物について、平成三年五月一四日受付で抵当権設定仮登記(債権額六億円)及び賃借権設定仮登記を経由している。

三  以上認定の事実、すなわち、相手方は、二回目の売却実施命令が発令された後に本件建物を占有し始めたが、郵便受けに自己の表示をせず、また、相手方の関係者と思われる暴力団員風の者が本件建物に出入りしていること、申立人が買受人となつた後に、暴力団員らしき者から、本件建物を半値で買い取る旨の電話があつたこと等の事実によれば、相手方は、本件建物の引渡しを困難にする行為をするおそれがあるというべきである。すなわち、相手方は、執行妨害を目的として、本件建物を占有しているものであり、引渡命令の執行までの間に、本件建物の占有者を代えたり、配下の者に占有させることにより引渡命令の執行を困難にし、あるいは、申立人の任意の明渡しの請求(引渡命令の発令前及び発令後)や引渡命令の執行に際しての執行官の任意の明渡しの催告に対して、正当な理由なくこれに応じず、またはこれに対して妨害行為をするなど、事実上本件建物の引渡しを困難にするおそれがあると認められる。また現在本件建物の管理費が、前々所有者である丁原夏夫名義で振り込まれていること、登記簿上の前所有者である乙野秋夫は丁原産業株式会社ないし丁原夏夫に対し債権を有していることから本件建物につき所有権移転登記を経由したものと考えられること等に鑑みると、相手方は、本件基本事件の債務者である丁原夏夫の関与のもとに、本件建物の占有を開始したものと認められるから、相手方は民執法七七条の保全処分の関係では、債務者丁原夏夫の占有補助者として、保全処分の相手方になるというべきである。

以上の認定及び判断によれば、本件申立は理由があるからこれを認容し、申立人に担保を立てさせることなく、民事執行法七七条一項(同法一八八条)に基づき、主文のとおり決定する。

(裁判官 松丸伸一郎)

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